あっくんさんは書楽せえぜ。

写楽じゃなくて、書楽。しょらくせえとはオレのことですよっと。

舞浜戦記3:ディズニーのパークが1年で最も混雑する季節

春。新学期から少したち、5月を迎える頃。

日々、電車に乗って通勤していると、春の風物詩とも言える現象を見かける。
電車の運転手も新人さんが増えるのか、列車がホームに到着し定位置で停車しようとするのだが、オーバーランしたり手前で減速し過ぎて完全停止までに時間がかかる時がある。
ノロノロとぎこちなく停車し、ドアが開くまで不自然な間が空く。
ああ、まだ運転に慣れていないんだな、と分かる。
だが、そんな時期を過ぎるとおそらくスキルアップしたせいか、不慣れな現象も治まりいつの間にか忘れてしまう。
そして次の年の春になり、ああまた新人さんの季節か、と気づく。

東京ディズニーリゾートにおいて、1年で最も混雑する季節はいつか?
夏休み? 意外だが、違う。
夏は気温が暑すぎて、逆に人はあまり来ない。
ゴールデンウィーク? でもない。
GWは連休中に大抵一日以上天候が崩れるので、来場者数はさほど伸びない。




正解は、春休みだ。
冬の寒い季節は去り、徐々に暖かくなり、また年度末から年度始めにかけての時期。
具体的には、3月25日〜4月5日くらいの、春休みに当たる期間だ。
学校は短い休みに入り、子供たちは野生動物のごとく活発に動き出す。
人もまた越冬動物であるかのように、春は活動の季節なのだ。
だからこそ、この、1年で最大の繁忙期を乗り切るために、パーク内の各施設は冬期の終焉を間近に控えて、万端の準備を開始する。

さて、ディズニー・テーマパークにおける新人さんの季節と言えば、やはり春だ。
春のキャスト募集は大体毎年2月頃から始まり、早ければ3月を迎える前から現場へ配属されてくる。その後、1ヶ月以上をかけて徐々に新人が増えてくる。最後の方は4月に突入してしまうこともあるが、配属された頃には春休み期間が終わってしまうため、最終的な人数調整で入ってくる人たちで、春の人員補充は完結する。

春期に入ってくるキャストを「春キャスト」と呼ぶ。夏に入れば夏キャスト、秋なら秋キャスト。冬(晩秋)は、かなり少数派だがないこともない。つまり一年を通して断続的に入ってくるのだ。それほど人員が不足することもある。
春キャストを補充する目的は、全体的に不足した人員を穴埋めするためもあるが、春休みの繁忙期を乗り切るためでもある。

僕のホームグラウンドだった、スプラッシュマウンテンについて語ろう。

ジェットコースター系アトラクションの代表格、スプラッシュマウンテンでは、毎年春に新人さんが大量に入ってくる。大量の基準は職場によって異なるが、その年によって数名から多ければ30名を上回る程度だ。
ロケーション(職場)によっては百名前後入ってくるところもあるだろう。アトラクションとしては30数名は多い。スプラッシュは、アトラクションの中では大型であり、所属人数も常時百名前後おり、毎年その中の三割近くが去り、代わりに新しい人が配属されてくる。

ジェットコースター系アトラクションのキャストにとって、最も基本的な作業でありポジションは、乗り場だ。
ゲスト(お客様)を乗り物へ誘導し、乗っていただく。乗り終わったら、下りてもらう。
アトラクションとは、簡潔に言えば、それ以上でも以下でもない。
ライドタイプのアトラクションはそれだけ。
もうちょっと突っ込んで説明すると、利用規定を満たす方であるか確認し、乗り物の定員を超えないよう着座席番号を案内し、所定の場所で待機させて、タイミングを図り、乗るよう促す。
たったそれだけなのに。秒刻みで動いているというだけで、どれだけ心理的にプレッシャーを受けながら作業をこなしているか。
なんて、言葉で説明してもいまいち理解していただけないのは重々承知だ。

ジェットコースター系アトラクションは、常に効率を求められている。当たり前だが、ゲストにとって、待ち時間は短い方がいいに決まっている。相対的に人気アトラクションは待ち時間が長くなる。人を集めることが目的のアトラクションは、同時に少しでも短い時間で利用していただくことが理想でありサービスそのものに直結する。
理屈っぽくなるが、アトラクションはかなりの部分を人力(手動操作)に頼っている。完全自動であれば、最初から所要時間が確定しているので変えようがない。
だがアトラクションは、動かすのも人間なら、利用するのも人間だ。
つまり、ある部分においては、操作するキャスト側が努力すれば多少なりとも改善できる部分がある。
もちろん、だからと言って、2時間待ちが30分待ちになるわけではない。キャスト全員で死ぬほど頑張って、せいぜい120分を100分に減らせる程度だ。それでもかまわない、少しでも待ち時間が減らせるならそれをやらない理由はない。
アトラクションキャストが常々考えているのは、待ち時間が減れば、その分ゲストが一日に乗れるアトラクションの数が増える。同じ金額のパスポートを買って来園されたゲストに、より多くの楽しみを提供できる。それがすなわちゲストへのサービス向上になる、という考え方だ。
上司・責任者は口を酸っぱくして繰り返しこの価値観をキャストへ伝える。
前提条件としてのSCSE(優先順位。1に安全、2に礼儀正しさ、3にショー、4に効率を意味する)は言うまでもないが、その上でこの哲学を浸透させるために日々努力を怠らない。

ライド系アトラクションには、「ディスパッチ・インターバル」という用語がある。
簡単に言うとこれは、乗り物が何秒おきに出発していくか、を意味する。
スプラッシュ・マウンテンのディスパッチ・インターバルは、24秒だ。
と言っても、正確にこの24秒が守られるわけではない。
アトラクションのどこかで、何かしらのトラブルが発生すれば、どんどん遅れていく。
同じジェットコースター系のビッグサンダーマウンテンやスペースマウンテンとは、また意味合いが多少異なるのだが、スプラッシュでは遅れは、全て蓄積していく。
逆に、スムーズにボートの着発進が済めば、その分効率が上がり、待ち時間の減少に結びついていく。

この、スプラッシュマウンテンのボートのインターバル24秒が訪れたことが、実は乗り場で確認できるのだ。
と言っても、ほとんどのゲストは気が付かない。
乗り場の、4列ある手すりの中で待っている時。空のボートが流れてくる、水路に向かって右側の上の方に、屋根のひさしがある。そしてその上に、窓がある。
この窓、ボートに乗り込む時はほとんど見えない。いや、見ることがない。
当たり前だが、これからゲストが停止したボートに乗り込む、というちょうどその時。座席に乗り込めば、体は向かって左側、進行方向を向く。
乗船した時は、背中を向けているので、見えるわけがないのだ。その屋根の窓に、明かりがパッとつく。薄暗い館内に、あまり強いとはいえない、弱々しい明かりがつく。
それが、24秒が訪れたことを意味する。
乗り場のキャストはその明かりを確認し、ライドのシステム上、出発の準備ができたことを把握するのだ。
これは、システム上はいつでもボートを出発できますよ、という意味であり、自動的に出発してしまうわけではない。
窓に明かりがつき、安全が確認できてから、出発させるのだ。
この24秒は、前に出発した2台のボートが動き始めた瞬間からカウントが始まる。そして次の空の2台のボートがやってきて停止し、数秒するともう24秒に達する。だがその時点では、まだ半分近いゲストが座席に腰を下ろしていないくらい、短い。
実に短いのだ。
要するに、24秒以内に出発準備が整うことなど、ほぼありえない。24秒を過ぎた時間は、どんどん積み重なって、待ち時間の増加に反映される。
たった24秒で乗船準備が完了して出発させるなんて、ゲスト全員がスプラッシュマウンテンを何度も利用し乗り降りに非常に慣れていて、乗船時にバーを下ろすことや荷物を置く行為も知り尽くしていてテキパキ行動してくれた時でないと、実現しない。いやそれでも24秒以内に準備が整うことはほぼないと言っていい。
つまり、一回ボートが出発するごとに、必ず数秒の遅滞が生じる。
一回の出発までに24秒ということは、1時間に最大150回ボートは出発可能だ。これは上限値だ。
一台のボートは定員8名。一回の出発で2台のボートが発進するので、最大16名。システム上、1時間に利用可能な人数は2400名。
一回当たり数秒の遅滞が生じるため、毎時間の出発回数は150回を下回る。
また、ボートの定員は8名だが、全てのゲストが偶数のグループではないため、平均すると一台あたりの乗船人数は6〜7名といったところだろう。
そんなこんなで、実質的には1時間に大体、1800名〜2000名程度が利用する。
スプラッシュのキャストは、1時間の利用人数が2000名を超えると、効率がいいと考える。
効率がいいということは、列に並んだゲストの待ち時間が減るということだ。
1時間待ちで並んだ人が、実際は50分で乗り場へ到着する、なんてことが起きる。
逆に、1時間待ちなのに65分かかってしまうことも、実はある。
本来、待ち時間は多めに表示して、並んだゲストを失望させないよう配慮している。
特に繁忙時には慎重に設定するのだが、それでも不可抗力は発生してしまう。

この利用効率の重要な鍵を握るのが、乗り場/下り場の作業だ。
いかにスムーズに乗り降りしていただくか。ここに全てがかかっている。さらに言えば、乗る時に様々なイレギュラーな対応やトラブルが発生するため、キャストはここに神経を尖らせる。
簡単に言えば、乗り場のスキルが高ければその分、待ち時間は少なくなるということだ。
しかしあいにくと、乗り場のポジションは基本中の基本であり、新人さんにはここをしっかりマスターしてもらわないと話にならない。と言うより、乗り場のポジションがきちんとこなせないと、どの場所にいても応用が効かないしより重要な作業を任せられない。
そして、やらなければスキルは上がらないのだ。
そのため、乗り場ポジションは、春休みの季節は、どうしても新人さんに任せることが多くなる。
特に重要なポジションに新人さんが連続して入ると、通常は1時間に2000名が乗れるところを、1600名しか乗れないなんていう恐ろしい事態が起きるのだ。
約80%の減少。待ち時間に直すと、1.25倍の増加。60分待ちが75分になり、120分待ちが150分に増加する!
このポジションとこのポジションに新人さんが入ると、急にガクンと列の進みが遅くなるポイントがある。だから、本日の勤務メンバーに新人さんが多い日は、それを見越して待ち時間を設定しなければならない。
ところが、油断しているとその特別な設定をついつい忘れてしまう。しまった、今日は新人さんが5人もいる……!と慌てて待ち時間を変更しても、もう遅い。すでに並んでしまったゲストは通常の待ち時間表示を見て並んでいる。
この期に及んで、できることはほぼ一つだけ。
乗り場へ行き、イレギュラー対応が発生しても速やかに解決できるよう、人を一人二人多めに配置する。
ボートを必要以上に停滞させなければどんどんゲストは乗れるし、その分待ち時間は減らせるのだ。

ただし、それも人が余っていればこそ可能な策で、人を配置できない事態も起きたりする。
もし欠勤者がいて余裕がなければ、限られた人員で回すしかない。
ぎりぎりの人数で春休みの大混雑日を乗り切らなければならない日もある。
本日勤務に来るはずだった新人さんが急に欠勤し、二度と勤務に来ず、そのまま退職する、なんてケースはしょっちゅうだ。
どのロケーションにも予算があり、何月何日はこれくらいの入場者予想で、だからこの日の出勤キャストは何名、と最初から決まっている。人を余らせることはあまりしないのだ。
ただし、僕が退職する少し前はこの体制もやや変化しある程度は余裕を持たせる施策を行う時もあったので、現在はその限りではないかもしれない。

もう現場を離れて10年以上が過ぎた。

だから僕は、毎年春になり電車に乗った時、あの新人さんの多い日のアトラクションの騒動を思い出したりする。
また今年も、そんな日々が繰り広げられたことだろう。
そして気がつくと新人さんは成長しぐんぐんスキルを上げ、梅雨の季節を過ぎ、いつの間にか新人さんは新人ではなくなり、いよいよ夏休みへ突入していくのだ。

その間にも、いくつもの闘いがあったりするのだが。