あっくんさんは書楽せえぜ。

写楽じゃなくて、書楽。しょらくせえとはオレのことですよっと。

舞浜戦記・序章

ふと気まぐれに、昔話をしようと思います。

大昔、僕がディズニー・キャストをしていた頃のお話を、いくつかご紹介します。

第一話は、パーク外の話(なぜだ!)

お付き合いいただけたら幸いです。

 

 

第0話 舞浜ストレイルート

 

朝の舞浜は早い。

JR武蔵野線の始発・下り(東京方面行きだが、JRの表記では下りなのだ)が、舞浜駅に到着するのは午前6時直前だ。

埼玉や千葉の船橋以北から舞浜を訪れる方々が、公共交通機関に乗ってやってくるとしたら、おそらくこの時間が最も早い時間であろう。

朝6時に舞浜駅から東京ディズニーランド・正面入口へとつながっているペディストリアン(歩道)デッキを観察していると、ある程度まとまった人数が駆け抜けていくのを見ることができる。

それは、週末になるといつでも見られる毎度お馴染みの光景ではあるが、その中で、一種独特の人々の流れを見ることができる。

この人々、何が独特かというと、

①子供が含まれていない

②頭髪がみんな黒い(髪を染めていない)

③みんな眠そうで、とても遊びに来たような雰囲気ではない

そして、

舞浜駅を出ると、正面入口やリゾートライン乗り場とは別の方向へ向かって歩いていく

 

明らかに異質な集団である。

 

 

そう。

これらの人々こそが、東京ディズニーリゾートを支えるキャスト達だ。

彼等は、遊びに来たのではなく、仕事に来たのだ。

出勤である。

 

東京ディズニーリゾートのキャストは、ランドだけでも最大約一万人が働いていると言う。シーも含めると、二万人弱にもなる。

パーク開園が早まり午前8時の日だとしても、二時間前の出来事だ。

人数はさほど多くはないが、それなりの人数が出勤してくる。

彼等は駅を出て、すぐに下の道へ降りる。

駅の改札を出て、歩道デッキに沿って何も考えずに歩けば、必ず東京ディズニーランドへ辿りつく。

ディズニーシーへ行きたい人は、おそらくほぼ全員がリゾートライン乗り場へ向かうだろう。

その集団は、陸・海どちらのメインエントランスとも異なる方角へ向かう流れであって、冷静に考えれば遊びに来た人種ではないと分かる。

だが、ここで奇妙な現象が起こる。

まとまった人数のキャストが出勤している流れに、一般ゲストが紛れ込んでしまうのだ。

近い方のランドの勤務者は、下の道路の歩道を渡ると右側へ折れ、細い小路を進み、キャスト専用のセキュリティゲートへ向かう。そこで身分証を提示し、中へ入るのだ。

リゾートの施設とは言えゲスト用ではないので、その入口は目立たないように作られている。

どう見ても、遊びに来たゲスト向きの施設ではない。

ところが、まとまった人数が舞浜駅にいるとなれば、人は自分と同類と思い込んでしまうのだろう、ゲストはその人の流れを一般客と勘違いし、一緒についていってしまう。キャスト出勤ルートは、途中から明らかに人気のない方向へ向かっているため、よくよく考えると何か変だな、と感じる。

ディズニーランドだよ? 何でこんな人気のない場所へ行くんだろう、と。

いや、途中は寂しい道を進むけど、そのうち広い道に出るよ。

そんなはずはない!(と心の声が囁く)←いや、もちろん広い道へ行くことは可能ですけどね。

 

 

キャスト専用入口にはセキュリティ・キャストが立っており、身分証の確認をしている。もちろんゲストが入ることはできないため、間違って迷い込んできたお客様には、正面入口が別にある旨を伝え、引き返してもらう。

だがセキュリティーゲートへ辿り着く前に、どんどん寂しい道になってくるので、あれ?と不審に思うはずなのだ。

しかし人は、大人数が行く道は正解だと信じ込んでしまう、正常化バイアスとでも言うものが働いてしまう。

きっとこの道の先には、でっかい入口があるんだ、と。

 

まあこれは、毎週末に朝6時になると見られる、いつもの日常風景なのです。

 

我々キャストもいつもの出勤風景で、自分達と同じコースを進む集団の中に、明らかに遊びに来たと思しき人々(特に家族連れならお子さんが含まれているのですぐ分かる)を見ることがあるわけだ。

あら、この人達、間違ってこっちに来ちゃったんだね、と。

親切なキャストは、声をかけてあげる。入口はあちらですよ。

でも、ほとんどのキャストは不思議と声をかけられない。

僕も、かけられなかった。

なぜだろう?

 

遊びに来た方々はとてもハイテンション。

一方、我々仕事に来たキャスト達は、ローテンション(笑)。

この時点で、もはや別次元の人々なのです。

これから楽しい一日を過ごそうとやって来た方々に、声をかける気力は、実際絶望的なくらい、ないのです。

 

さて。

実は僕も、昔むかーし大昔。

このキャスト専用ルートへ、迷い込んだことがある。

ああ、遊びに来た時の話かって? いや、違う。

もちろんキャストになってからじゃない。

正確に言うと、キャストになる当日に、だ。

 

その日、僕は本来乗るべき電車に乗り遅れてしまった。

武蔵野線を利用して舞浜駅まで来ていたのだが、元々本数の少ない武蔵野線を一本乗り遅れたのだ。時間に余裕を持って家を出たのにこの有様だ。

その日は、研修の初日。

はっきり言って、時間ギリギリである。

事前に渡されていた資料には、オリエンタルランド本社入口が示されていた。

だが、その時は焦っていた。

舞浜駅を出ると、確かこっちの方だよな、と当たりをつけて急いだ。

折しも時間は午前10時過ぎ。

あ、人がどんどん一定の方向へ向かっていくぞ。

あっちに入口があるに違いない。

(だが、資料にある地図とは別方向のような気がするけど……)

まあいいか。

と、歩いて行く。うーん、この細い道は何だ? これが本当に本社へ向かう道?

怪しい。

明らかに、怪しい。

だが時間が迫り焦っていた僕は、迷わずそちらへ向かった。

セキュリティーゲートのキャストが声をかけてきた。

事情を話す。

「あの、研修に来たんですけど」

「ああ、本社はね、この道を戻って表に出たら右へひたすら歩いて下さい」

やっぱ違ったか。

まずい。もう時間がない。

早々に引き返す。一人逆方向へと戻っていく自分が、妙に浮いていた。

続々と出勤してくるキャスト達と逆方向へ出ていき、一直線に伸びる歩道を早足で進んだ。

本社の入口ゲートを入る頃には、集合時間五分前を切っていた。

 

それが、舞浜における最も古い思い出の一つである。

 

さて、こう書くと、大昔のキャスト経験者はちょっとルートが違うんじゃない?とお思いになるかもしれません。

この時代はまだディズニーシーはなく、キャストの出勤ルートは途中まで歩道デッキ上を進み、途中から細い階段を降りるルートでした。今はすぐ下の道に降りるルートに変更されましたが、当時は途中まで一緒にゲストとランド入口方向へ進むため、今よりもずっと紛らわしく惑わされるゲストが多かったのです。

しかも当時のゲストは、朝6時にランドの正面入口まで到達できるわけではなく、デッキ上、ちょうど中間地点(現在の、ボン・ヴォヤージュがある位置の先くらい)にロープを張り、その位置で待機いただくようにしていましたね。

なぜかと言うと、朝6時は、まだ入口付近の清掃作業が完了していなかったからです。

 

その待機位置の、左横に細い階段があり、そちらがキャスト出勤ルートでした。

気の早過ぎるゲスト達が待つ位置の横を、キャスト達が身分証を提示しすり抜けて出勤していったのでした。

この朝6時の時間帯だけは、キャストに続いて一緒に紛れ込む現象は起きません。

その後、デッキ上が開放されて自由になった後の時間帯に、誤誘導が発生していたので。

もちろん、オリエンタルランド側も対策を講じ、駅を出た時点から別ルートを歩くよう、当時のキャストへ指示が出ていましたから。

それでも、間違えるんですよね。

 

いずれにせよ、懐かしい思い出です。